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もりもと家から人口問題を考える!/南山城村のリアルな地方創生

木曜担当のもりもとです。統一地方選後半戦も終わりました。
選挙の影響もあってか、そういう仕事をしてるということもあってか
地方創生という四字熟語を聞かない日はないんじゃないかというくらい
いろんなところで地方創生が飛び交ってます。

文字だけ見れば、地方を作りだすんだろうなぁとか
ふわっとした感じでイメージはできるんですが
ふわっと以上のものが感じないんです。

なのに何だか期待しちゃう我々業界の不思議な魔法の言葉なんです。
しかも、それにおカネがついてくるということだからその計画づくりに変に必死で
その計画づくりにもおカネが出ちゃうもんで、何だか本末転倒っぷりが
大変なことになっちゃってます。

計画をつくることが目標みたいになっちゃうと、もっと大変なことになっちゃって
とんでもない人口ビジョンもつくっちゃうんです。

そこのところをみなさんにとったらどうでもいいボクのプライバシーを盛り込みながら
もりもと家に置き換えて、今週は人口問題を考えて見ます。


もりもと家の背景

ボクは国鉄職員の次男坊として村に生まれます。
じいちゃんは村の製材所に働く指物屋で建具をつくる職人。
母親は近所の椎茸生産者のところにパートに出てたので、
家で畑仕事をするばあちゃんに
4歳下の弟と育てられたのです。

父親も大阪の貨物駅まで通勤していましたが、
夜勤→明け→非番→休み→夜勤・・・と

1日勤務すると3日は家に居るというような感じでした。
というように、村で暮らしながら田んぼや畑をつくっていたのです。

2歳上に長男が居たのですがボクが生まれる前に病気で亡くなってるので
あととりとして死んだばあちゃんの洗脳もあって、
ご縁があった村役場で働くことになるんです。

祖父母、両親と弟の6人家族というのが当たり前な感じで、
子どもの頃から暮らしてきたのです。

そんなもりもと家にも人口問題が起こるんです。

もりもと家にも人口問題が・・・

80~90年代後半にかけ、祖父母が天国へ、弟は結婚によって周辺の町へ流出したものの
ボクの誕生以来、結婚、3人の子どもが生まれ、人口は維持してきました。
しかし、数年前に2人の娘の大学進学による流出の危機を迎えることになり
説得により何とか人口流出の危機はくい止めてきましたが・・・。

しかし、この春には就職という娘の関係の第2の波が押し寄せることとなったのです。
さすがにこの波には打つ手もなく、職場に比較的近い京都市内に流出してしまったのです。

下の娘もそろそろ就活が始まり、両親もまだ健在ですがいろんなとこが痛いとかしんどいとか
そんなことを言ってるし、もりもと家も新たな人口減少の危機に直面しているのです。

巷の総合戦略的もりもと家の人口増加策・・・

今の本末転倒な総合戦略や人口ビジョン的に仮説を立ててみます。

交通の問題として、もりもと家までの道路を拡幅とJRを増便させる。
観光として、もりもと家を覗き見るツアーをつくる。
商工業振興で、昔あった駄菓子屋と日用品屋を復活させる。
企業誘致として、空いた農地を誰かがつくる。
出生率向上として、子どもを産めよ増やせよ。

どれもやったからといって可能性がなく、問題が違うんです・・・。
観光なんかホント迷惑しかないじゃないですか!

危機とは言うものの・・・

もりもと家は、代々田舎で大家族として暮らしてきているので、
減るということは大変寂しいこと。

それはどこも同じこと。
が、娘が出て行った後のもりもと家の暮らしがどう変わったかを考えてみます。

【デメリット】
家に居ないという寂しさ。
用事を言いつける対象者の減。
何かあったときのセーフティネットの縮小。

【メリット】
学費・通学費が要らなくなった。
駅までの送迎が必要なくなった。
と言うようなことが考えられますが、寂しいのはいつのまにか慣れちゃいますし
よく考えると、そう変わったという実感があまりないというのが事実です。
極端に書いてますが、個々の暮らしを中心に考えたとき、人口減少は現象であって
その前提条件の中で、暮らしをどう維持していくかということが課題だと思うんです。

では何が課題か?

例えば、ボクの母親が居なくなった場合を考えてみます。
ボクの母親は娘と息子の送迎、買い物、畑仕事とかいろんな役割を担っています。
ある意味もりもと家の大黒柱です(ダメな息子なので・・・)。

そこが機能しなくなったとき、母親がやってくれていたことを継続して
もりもと家の暮らしを継続していくにはどうすればいいか?ということが
もりもと家にとっての人口問題が抱える本当の危機だと思います。

お前がやれ!って言われるかも知れませんが、
そのボクがやるにはどうすればいいかを
考えることが重要になるのです。
まぁ、起きてることを前提条件としてしっかりとらえることが必要になりますが。

というようにくだらないことを書きましたが、地域毎にこんな問題が潜んでると思います。
そこを考えて暮らし続けることに必要なこと考えることが真の地方創生なんじゃないかと。

村は生活の場となる共同体

以前にも書きましたが、Wikipediaで「村」は
生活の場となる共同体の単位と書かれています。

Wikipedia 村

このように暮らしに必要なことをそこに暮らす人が、自分や自分たちに関することを
自らの責任で処理するという自治があるんです。
そこには、いろいろな役割を担っている人が居るのです。

例えば、ボクの地元では「道つくり」といういわゆる道普請があります。
春には、冬が終わり農作業が始まる前に農地まで行く道路整備を行います。
草の伸びた夏と収穫前の秋口の年3回行ってます。
出てくる顔ぶれを見ると、ボクはその中ではまだ超若手。

50戸の小さな集落ですが、出てくる人の大半が60歳オーバーで
全体の3分の1は母親以上の女性。作業効率はボクが一番悪いけど・・・。
そういうことは置いておいて、地域で守ってきていることがあるんです。
なぜ続いてきたのか?の仮説を立ててみました。

ボクが小学生の頃は、田植えや稲刈りなど農作業は家族ぐるみで山に行きました。
農作業の他に、田んぼの周囲の柿を収穫したり、薪を割って持って帰ったり
食べるものと燃料を確保するというように、山に行くという理由があったのです。
その営みを続けていくために、自分が山に行く道を自分たちで守るという行為が
継続してきたんだと思います。

他にも氏神さまのこととか、区(自治会)としてやってきていることとかあって
それにも続けられてきた大事な理由があると思うんですよね。

南山城村の人口ビジョン?!

南山城村の人口のピークは1995年に4,024人(国勢調査)。
今年3月末の人口は2,940人(住民基本台帳)。
この20年で1,000人以上が減ってるんです。

行政は人口減少によって税収や交付税が減少し、行政サービスの効率化には
一定の規模が必要で減り続けるとサービスを維持することが難しくなると財政担当は言います。
それは行政側の理屈としてよくわかります。
が、人口減少で具体的に人々の暮らしがどう変わるのかがわからないんですよねぇ。
雇用促進事業イメージ (1)
南山城村の人口推計と2040年の目標人口を4,000人と仮定した場合こんな感じ。

まるでルフトハンザ航空のマークです。

今この数字は仮に4,000人を維持するためにつくったものなので
これがどうのこうのということではないのであしからず。
大事な理由をすっ飛ばして数字をつくること目的にしちゃダメだと
自分に言い聞かせてます。

もりもと2

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